「うぐ……そんな、大したものじゃないんです。もしかしたらデートだったりするのかなって、思っただけ、なんですから」

「デート」

 イネスは聞きなれない言葉を確かめるように、ぎこちなく復唱した。
 大きな目が、ぱちくりとしている。

「いや、そんな、不思議そうに言わなくても」

「だって、不思議だったのだもの。あなたたちは秘密の恋をしているのでしょう?」

「へ?」

「大丈夫。言わなくても、わたくしはわかっていますわ。絶対に誰にも言いません。アルチュールの女神に誓って。もちろん、夫となるキーラ様にもです!」

 らしくもなく、ふんすと鼻息荒く宣誓するイネスに、ピケは言葉もない。
 どうやら彼女は、物語のようなロマンスをお求めのようだった。

 ピケとノージーは人には言えない秘密の恋をしている間柄で、イネスはそれを見守りたいらしい。
 熱烈な主張に口を挟む暇もなく、彼女の話を聞き終えた頃には、ピケはもうぐったりだった。

「惚気でも愚痴でも相談でも、わたくしにはなんでも話してちょうだい」

 そこまで言わせて、今更否定するのは不敬ではないのか。
 いやでも、うそをつくのは良くないし……。

 ピケの中で、悪魔と天使がせめぎ合う。
 結局彼女は、イネスに恥をかかせないためという大義名分を掲げて、悪魔の意見に従ったのだった。