黒塗りの馬車の中は、外観に反して驚くほどかわいらしい。壁には草花の絵が、天井には虹の絵が描かれていて、ピンクのクッションにはフリルがたくさんついている。

「お茶はいかが? 冷え切った体には香辛料たっぷりのチャイが一番よ」

 言うが早いか、イネスはお茶の用意を始めた。
 王女だというのに、やけに手際が良い。
 たおやかな指がテキパキと動くのを、ピケは静かに見守った。

「戦争で家を失い、その上、持ち物を全て盗賊に奪われてしまうなんて……さぞ怖かったでしょう? これも何かのご縁。あなたさえ良ければ、わたくしの侍女としてともにロスティへ行きませんか?」

「……ひゃい?」

「かわいそうに。声が震えているわ。待っていてね、今すぐチャイを淹れてあげるから」

 アルチュールのお姫様は、見た目こそ妖艶な美女だが少々天然が入っているらしい。
 思わぬ設定に驚いたピケが上げた素っ頓狂な声も、身ぐるみ剥がされて川へ落とされた哀れな女がブルブル震えているからだと思っている。

「えっと……」