じゃあ、何がいけなかったのか。
 そう問われれば、ピケは「何も悪くない」と答えるだろう。
 だが「きっかけは?」と問われれば、「あのうわさ」と答えるに違いない。

『総司令官様はアルチュール国の王女様が連れてきた侍女に恋をしている。侍女の名前はピケ。彼女はアルチュールの女性だが、ロスティらしい強い人だ』

 ガルニールから持ちかけられた取引は、決して無理難題ではなかった。
 むしろ、拍子抜けするくらい簡単なことだ。
 もっと大変なことを言い渡されると思っていたピケは、聞き返してしまったほどである。

 総司令官、アドリアン・ゼヴィンを足止めしておく。ただ、それだけ。
 時間にして、およそ三十分。
 訓練好きのアドリアンならば、ピケが「訓練してほしい」と願い出れば容易に叶えてくれるだろう。
 ただし、その間に何が起こるかは明白である。

「私が総司令官様を足止めしている間に、ガルニール卿はイネス様を手にかける……」

 そんなことは絶対にさせないとピケは思っている。
 だが同時に「でも」と言い淀む自分もいた。