実際に殴ったわけでもないのに満足そうな息を吐いたあと、ガルニールはチャイを淹れようと起き上がった。
 だが、不意に口の中の不愉快な余韻に気がついて、またもや眉間に皺が寄る。

「ああ、イネス王女様。すっかりロスティに毒されてしまわれて……お可哀想に」

 口の中に残るミルクティーの味は、つい今しがたまで会っていたイネスを象徴しているように思えた。
 このままどんどんロスティに染まり、ついにはロスティ国民が愛飲しているというジャム入り紅茶を嗜むようになるに違いない。
 そうなればもう、イネスはイネスではなくなる。

「そうなる前に、お救いしなくては」

 女神テトの生まれ変わりのまま、乙女であるうちにその生涯を終わらせる。
 それが、ガルニールの役目だ。

「私は役目をまっとうできるだろうか……?」

 ガルニールの脳裏に、父と兄、それから一族たちの顔が浮かんでは消えていく。
 彼らはみな、ロスティとの戦争で亡くなった。
 ガルニールが喪ったのは、それだけではない。彼の左手も、犠牲となった。