戦場に舞い降りてきた天使は、数年たった今も変わらず清らかな空気をまとっていた。
 窓の外でしんしんと降り積もっていく真っ白な雪よりも純白な存在。それを穢そうとしている男と同じ建物で寝泊まりしなくてはならないとは。

「なんたる屈辱……」

 イネスとの茶会から、あてがわれた客室へ戻ってきたガルニールは、部屋に入るなりヨロヨロと長椅子へ体を横たえた。

「吐き気がするほど、おぞましい」

 ハンカチを口に当て、苦悶(くもん)の表情を浮かべる。眉間にくっきりと刻まれたしわが、より一層深くなった。
 謁見の間で会ったキリル王太子を思い出し、ガルニールはうめく。

 ロスティの国王は息子を随分と甘やかしているようだ。
 ふくふくとした顔に、でっぷりとした腹。いかにも殴ってくださいと言わんばかりのサンドバッグ体形を脳裏に思い描き、ガルニールは容赦なく蹴る。
 心の中だから、的を外すわけがない。
 ひとしきり痛めつけた妄想のキリル王太子が「この結婚は諦めます、だから助けてぇ」と情けないセリフを吐いてようやく、ガルニールの溜飲がわずかばかり下がった。