「お久しぶりでございますな、イネス王女様」

 ガルニールは、カップの中身がチャイではなく香辛料なしのただのミルクティーであることに顔をしかめたあと、気を取りなおすように言った。
 イネス手ずから淹れたお茶がチャイではなくミルクティーだったことに、よほど衝撃を受けたらしい。苛立ちを発散するかのように、指先で何度もカップの縁をこすっている。

 アルチュールの人々にとって、お茶といえばチャイなのだ。
 ミルクティーなど、ロスティの飲み物。それを出すということはつまり、イネスはロスティに染まりつつあるということ。
 もはや更生の余地なし、とガルニールは判断したのかもしれなかった。

(イネス様のチャイが飲めると思ったら、大間違いよ。あれは特別なもの。今や、キリル様しか飲めないんだから)

 思っていることが顔に出やすいピケは、俯きながら心の中で舌を出した。
 イネスのチャイは、キリルを想い、彼のためだけにスパイスを配合した特別なものなのだ。
 二人の仲を裂く不届き者になど、振る舞うわけがない。

 イネスは素知らぬ顔をしてミルクティーを一口飲んだあと、ガルニールの動揺など気付かなかったように振る舞った。