イネスは処遇を受け入れた。
 しかし、戦場でイネスに看護してもらった兵たちは、そう思わなかったのだ。
 負傷兵の中には宰相の末息子をはじめとする高位貴族の子息もいたようで、「息子を助けてくれた姫が苦労するなどとんでもないことだ」と宰相らが国王に物申したらしい。

 さらに、国内ではテト神教の信仰が強くなっていた。
 イネスの世話になった元負傷兵たちが、彼女の影響を受けて熱心に信仰するようになったためである。
 ついには「イネス様は女神テトの生まれ変わり」なんてうわさが流れ始め、彼女の処遇に不満を募らせた民衆が「どうにかしてイネス様を救えないか」と集会を開くようになったのだ。

 口うるさい臣下に、騒ぎ立てる国民。
 国王は、辟易していた。敗戦したばかりで一刻も早く国を立て直したいのに、たかがイネスのことくらいで手を止めていられないのだから。

 そんな時である。ロスティ国から、縁談が降って湧いた。
 しかも相手はキリル王太子で、イネスをご指名である。
 成婚すればアルチュール国には利点ばかり。
 この縁談を断る理由など、どこにもなかった。