「私を殺すか、イネス様を殺す」

「その通りです。事実、ゼヴィン総司令官は言っていました。キリル様に暗殺者が差し向けられている、と」

「私にか? 総司令官や国王ではなく?」

「ええ、そうです」

 そもそも、王族が婚前に行わなくてはならない儀の存在を、王女であるイネスが知らないということはおかしい。
 そんな儀式があるのだとしたら、国から出る前に済ませておくべきである。

「仮にガルニール卿とイネス様がただならぬ関係だったとして、せめて結婚前に思いを遂げたいなんて良からぬことを考えたとしても、こんなお粗末な理由にしないでしょう」

 ノージーの言葉に、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がったイネスは、顔を真っ赤にさせて彼を睨んだ。

「わたくしがガルニール卿となんて、絶対にあり得ませんわ!」

 怒りのあまり涙目になっているイネスへ深く頷いたノージーは、「当然です」と答えた。

「ええ、わかっています。ですが、キリル様はお疑いのようでしたので、あえて発言させていただきました。申し訳ございません」

 ノージーの無礼な物言いに、キリルはムッとした。とっさに言い返そうとしたが、ぐうの音もでなかったからだ。
 ついでに、被っていた王族らしい佇まいも剥がれ落ちてしまったらしく、子どもみたいに唇を尖らせている。

(こういうところが、イネス様の母性本能をくすぐるのかしら?)

 ピケがチラリとイネスを見ると、彼女はソワソワとキリルを見ていた。
 慰めてあげたいけれど、素直になるのも腹立たしい。そんな、複雑な顔をして。