(この空気で、よく発言する気になるね⁈)

 ピケがチラリと目だけを動かしてノージーを見ると、彼はこんな場面だというのにびっくりするくらい綺麗なウインクを寄越してきた。
「ひょわ」とピケの口から息が漏れる。見惚れたからではない。こんな時でなければそうだったかもしれないが、この時の彼女は、ノージーがキリルに害されるかもしれないという恐怖を覚えていた。
 この猫の神経はどうなっているのだろうか。ピケにはちっとも理解できない。

 ノージーのことなのに、ピケはまるで自分のことのように思って、冷や汗が背中を伝っていく。
 身動きすることさえ憚られる中、ノージーはキリルへ近づくと、手を重ねた美しい立ち姿勢を取った。
 座ったままのキリルを見下ろす形で、ノージーがにっこりと悪意ある笑みを浮かべる。

「キリル様はご存じでしょうか? アルチュール国では、イネス様を神のように崇め奉る人々がいるそうです」

「ああ、そういう者もいると聞いている」

「女神テトは、乙女なのです。それになぞらえ、イネス様に乙女でいてほしいと思う輩がいるとしたら……どうなると思いますか?」