彼に問われることを、予測できなかったとは言わない。
 むしろ聞いてもらいたかったのかもしれない、とピケは思った。
 問われるまで、気づかなかったけれど。

 今更だけど、まだ彼の腰に手を残したままだったことに気がついて、ピケはあわてて手を引っ込めた。
 それは、きちんとしたいという思いからだったが、ノージーからしてみればそんな気はなかったと言われたも同じである。

 どう言ったものかと悩んでいるピケは、ノージーの目には不誠実に見えたのだろう。
 怒りを静めるような、諦めるようなため息を吐いた後、彼はピケを路地へ連れ込んだ。

 ここは下町だ。
 路地は大抵、子どもが遊び場にしているものだが、この時に限ってひとっ子一人いなかった。

 建物の間にある細くて暗い路地で、ピケの背中が壁に当たる。
 囲い込まれるようにノージーの腕が伸びてきて、彼女を壁に縫い留めた。

「何度言えば、わかってもらえるのでしょうか?」

 わかっていないわけじゃない。
 大切にしたいだけだ。大切にしてもらっていることがわかるから、ことさらに。言葉ひとつ選ぶことに、慎重になるほどに。
 言い返そうとピケが顔を上げようとした瞬間、

「僕はピケが好きだ」

 熱を帯びた掠れ声が、耳に届く。

 ピケは、ノージーの顔を見ることができなかった。
 だって、彼の腕の中に、驚くほどの強さで抱きしめられたから。

 懐深く抱きしめられて、ノージーの鼓動と体温をすぐそばに感じる。
 ピケの心臓は、ノージーに負けないくらい、ドキドキしていた。