さっきまで。
 その言葉に、ピケは震え上がった。

(つつつつまり、今は気に入られていないと? 卑怯な手を使ったのが命取り⁉︎)

 命乞いするように胸元で手を組むピケの考えを打ち消すように、ジョシュアは続ける。

「お嬢さんは、一瞬とはいえあいつの本気を引き出した」

「砂をかけてしまいました……」

「戦場じゃ生きるか死ぬか。不意打ちなんてあって当然さ」

 油断していたアドリアンが悪い、とジョシュアは言った。

「今、あいつの頭ん中はグチャグチャだろうよ」

「そそそそれは脳震とうとかそういったことででしょうか⁉︎」

 今にも救護室へ駆け込みそうな勢いのピケに、ジョシュアは一瞬呆けた顔をして、それから豪快に腹を抱えて笑い出した。

「お嬢さん、なかなかおもしろい感性をしているな。十六歳、だったか? まだ大人になりたてのあんたには、難しい話かもな」

 ジョシュアは笑いすぎで涙が浮かぶ目を袖で拭いながら、口の中で呟く。

「純朴って感じだ。王都にいる女とは毛色が違う。それが良かったのか……?」

 ちらりとアドリアンを見遣れば、難しい顔をして考え込んでいる。
 これは長引きそうだと踏んだジョシュアは、「今のうちだ」と言ってピケを逃してやったのだった。