うる、とピケの目に涙が浮かぶ。
 腹が立って、腹が立って、腹が立って仕方がない。
 つらさよりも制御不能の怒りの感情が、涙を誘発させる。

「ぎぃぃぃ」

「なんだ、その声は。もしや……泣いているのか?」

 手負いの小動物が威嚇しているような声を上げるピケに、アドリアンが歩み寄る。
 さすがに泣かせるのは本意ではなかったのか。それとも、面倒だと思っているのか。感情が読めない声は、どちらとも取れる。

(一発……一発入れさえすれば、この拷問から解放される……!)

 なりふりなんて、構っていられない。
 無防備に近づいてきた男に対し、ピケはとっさに砂を握り込み、投げつけた。
 追い詰められたネズミは、猫を噛む。追い詰められたピケがアドリアンへ何をしたって、なんの不思議もないのだ。

「っ⁈」

 感情のコントロールが利かなくなると、体のリミッターも吹っ飛ぶらしい。
 もう立つこともできないと思っていたピケの足がギュンッと動き、バネのようになって飛び上がる。
 砂を浴びて身を屈めるアドリアンの顔目がけて、ピケは容赦なく蹴りを入れた。
 その途端、風切り音とともに彼の足が迫ってくる。鋭い蹴りを受けて、ピケは後ろへ吹っ飛んだ。