アドリアン・ゼヴィンは、ピケが聞いていたうわさ通りの、恐ろしい男だった。
 実戦経験もない少女にとんでもなく過酷な訓練を強要してくる、無慈悲な心の持ち主である。
 鍛え抜かれた鋼の肉体には、痛む心など存在しないのだろう。
 その証拠に、這いつくばっているピケを助け起こそうともしない。

「くっそぉぉ……」

 気分は、冒険物語の主人公だ。それも、絶体絶命の。
 どうしてこうなったか、なんてピケが聞きたいくらいだ。
 彼女だって、避けられるなら避けたかった。

 きっかけは、王城に不法侵入者が現れたことだ。
 ピケが一撃を入れた、あの件だろう。
 すぐに警備体制は見直され、より一層厳しくなったものの、それだけでは不十分だということで、王城で勤務するすべての者に特別訓練が行われることになった。

 といっても、特別訓練はロスティにおいて珍しいことではない。
 この国では力がすべて。いついかなる時も強くなりたくて仕方がない彼らは、なにかにつけて訓練をしたがるものらしい。
 掃除仲間のメイドは「酒好きの人が何かにつけて宴会するようなものよ」と笑っていたが、果たして訓練は娯楽になり得るのだろうか。