「休むな、ピケ・ネッケローブ。俺はまだ、休む許可を与えていないぞ」

 王城の一角にある、王族のためだけに用意された訓練場から、総司令官の厳しい声が聞こえてくる。
 たまたま廊下を歩いていた軍人はその声に背を正し、掃除をしていたメイドはビクリと体を竦ませて雑巾を取り落とした。

「限界を超えた先に、成長があるのだ」

 ゼハーゼハーと荒い息を吐いて地べたに這いつくばるピケの目に、ピカピカに磨き抜かれた軍靴が映る。
 ボロボロな自分とはまるで違う優雅な出立ちに、ピケはどうしようもなく腹が立った。

(ああ、これに唾を吐きかけてやりたい……!)

 やられっぱなしの小悪党の最後の足掻きのようなことを考えながら、ピケは奥歯を噛み締める。
 もっとも、口の中はカラカラで、そんなことできやしないのだけれど。

「どうした。もう限界か? 俺に一発入れるまでは帰さないからな」

 見えないけれど、小馬鹿にした顔で皮肉な笑みを浮かべているに違いない。
 やはりこいつは魔王だった、とピケは思った。
 その評判について見直したことは一度だってないから、案の定と言うべきかもしれないが。