逃げるという選択肢がないなら、対処する他ない。
 諦めたようにハァとため息を吐いたノージーに、アドリアンは提案を持ちかけた。

「協力してもらえるのならば、こちらも全力で応援しよう」

「なんの対価もなく応援すると言われるよりは、納得できますね。いいでしょう、協力して差し上げます」

「ああ、そうしてもらえると助かる。ところで……彼女は随分とずぶとい神経をしているのだな。自分で言うのもなんだが、こんな場面で寝こけるとは」

「失礼な。ピケはか弱い女の子なのですよ? あなたは知らなくて良いことですけれどね。今、彼女が寝ているのは僕の魔術(ちから)のせいです」

 話はこれで終わりとばかりに、ノージーはピケを抱え直して踵を返した。
 足早に去ろうとする彼の背中に、アドリアンは問いかける。

「眠らせることがおまえのちからなのか?」

「いいえ。眠らせるのはあくまで前座。僕の魔術は夢を見せることです」

 ノージーはそれだけ言うと、去っていった。
 かすかに見えた横顔は、ニィッと不気味な微笑みを浮かべていた。ひっくり返った、三日月のように。
 残されたアドリアンは、顎をさすりながら「やれやれ」とつぶやく。

 数カ月前に報告された、王都での事件。
 女性二名が田舎娘と美青年にちょっかいを出した後、幻覚を見て錯乱しだした、ということがあった。
 話を聞くに薬物使用の可能性があったので調査していたが、どれだけ時間をかけても解決の糸口が見えてこない。

 田舎娘に、美青年。そして、夢を見せる魔術。
 合点がいったとアドリアンは頷き、これ以上の調査は不要だと伝えるべく、執務室へ足を向けたのだった。