やがて馬車がやってきて、医師が乗り込んだ。
 全員の視線が家から外れたその瞬間を待っていたピケは、急いで裏戸から外へ出る。
 音を立てないように集中して扉を閉めて、慎重にドアノブから手を外した。
 まるで泥棒みたいだ。ここはピケの家なのに。

「さようなら」

 優しかった父が眠る二階へ頭を下げて、ピケは身を翻した。
 そんな彼女の出立を予期していたように、足元で「にゃぁん」と声がする。
 赤と黒の毛が混じり合った、モフモフでフカフカな毛皮をまとう大型の猫が、ピケの足に頭を擦り付けて甘えていた。

「私、行くわ。あなたはどうする?」

 猫は「待ちくたびれた」とでも言うようにググッと背伸びをして、丸みを帯びた耳とフワッフワの尻尾の先をシビビッと震わせた。

「んにゃっ」

 小さくつぶやかれた声は、まるで「さぁ、行くよ」と言っているようだ。
 行き先を知っているかのように数歩先へ行って振り返った猫を見て、ピケは覚悟を決める。
 彼女は導かれるように、猫の後を追い始めた。