結婚の約束をしなければ触れることも許されない国で育ち、その鬱憤を恋物語を読むことで晴らしていた彼女は、知識だけは豊富である。
 現実と物語は違うのだと、何度言ってもわかってくれない。
 今回のことだって、「ピケが夜這いに行ったらその危険性をわからせるためにノージーがちょっと手を出したりしちゃったりして! ふふっ!」くらいの気持ちでピケを焚き付けたに違いない。

 そのせいでピケは、危ないところだったのだ。
 ピケは知らないままで良いことだが、あの夜遭遇したのはただの不法侵入者ではない。
 あれは、暗殺をなりわいとしている者だ。それも、人族にしては強い部類の。

 ピケが狩人として高い能力を持っていること、本能的に不意打ちをついたこと、それがたまたま良い方向に作用して牽制(けんせい)することができていたが、あの時ノージーが駆けつけていなければ、殺されていたかもしれない。
 目の前でのんきに「ノージーはこんなことを言っていますけれど、本当はキスの一つくらいしたに違いありませんわ!」とか思っていそうな顔でニヤニヤしているイネスに殺意を覚えながら、ノージーは気持ちを切り替えるように頭を振った。