(はやく、はやく、逃げなくちゃ。もっとも安全な場所へ。ノージーのところへ)

 ピケはどうしても、彼に会いたくなった。
 こんな時間だから迷惑かもしれない。
 朝まで我慢すれば起こしに来てくれるのだから、それまで待てばいい。
 王城の守りは鉄壁だ。問題など、起こるはずがない。
 グルグルといろんな思いが頭を()ぎったけれど、気づけばランタンに火を入れて、廊下に出ていた。

「イネス様の言う通りかもしれないわね……」

 必要以上に不安に思ってしまうのは、イネスの言う通り、ここが敵国(ロスティ)だからなのだろうか。
 わりとなじんできたようなつもりになっていたけれど、本心はまだ、警戒しているのかもしれない。

 ピケに掃除の仕方を教えてくれるメイドたち。ピケにおいしいお菓子をくれるキリル。王都に行くと必ず立ち寄るカフェ・オラヴァの女店主。
 少し仲良くなったような気になっていたロスティの人たちの顔が、浮かんでは消える。
 優しい表情で笑う彼らの顔を思い出すと、申し訳ないという気持ちと仕方ないじゃないかという気持ちが交じり合って、ピケを困らせた。