ピケはベッド下の床をズラすと、隠しておいた小さなトランクを取り出した。
 なかなかに年季の入ったそのトランクは、実母の形見らしい。
 中身はすでに詰めてあって、あとはこれを持って逃げるだけ。

 ピケは父が元気だった頃に誕生日プレゼントとしてもらったストールを肩にかけ、トランクを持って自室の扉を開いた。
 誰かに見られやしないかと警戒しながら右を見て、左を見たところで、頭上からギシギシと階段を降りてくる音が聞こえてくる。
 慌てて扉を閉めたピケは、そのまま耳を当てて様子をうかがった。

 まるでモンスターがこの家を乗っ取ってしまったみたいな錯覚に襲われながら、ピケはドコドコと早鐘を打つ胸を押さえる。
 やがて、医師と継母、それから二人の兄たちが話している声が聞こえてきた。
 彼らは父が死んだというのに、明るい様子で世間話をしている。悲しむそぶりもみせない親子に、ピケは悔しそうに唇を噛んだ。