ハイネのあまりにも酷い――だが図星の言葉に涙が流れる。

「酷いですわ……」

「メンドクサイ女」

「ハイネ様、せめて彼女に事情だけでも説明すべきなのでは……?」

「は? お前がやれ」

 先ほどの役人が泣き崩れるジルを見かねてなのか、ハイネに恐る恐る話しかけている。

「で、では……。私はハイネ様の世話役のバシリー・デアと申します。私から説明させていただきますね」

「パ、パシリーですか?」

「バシリーです!」

「あ、はい……」

「プ……」

 失礼なジルの間違えをハイネに笑われ、バシリーは口をへの字に曲げたが、ワザとらしく咳払いしてから口を開いた。

「ブラウベルク帝国は現在ハーターシュタイン公国と同盟関係にありますが、これを解消させ、攻め入る予定でございます。その為、人質であるジル様を奪い取り、敵対の意を伝えるおつもりなのです」

「公国と戦争を始めるおつもりなのですか!?」

「そーゆー事。理解出来たんなら、さっさと離縁状を書いてくれるか? 俺も忙しいから時間を無駄にしたくないんだ」

「で、でもハイネ様の弟君は……?」

「普通に考えるなら、殺されるんじゃない?」

――ギリリ

 あまりにも酷いハイネの言葉に、ジルは思わず彼の頬を摘まみ上げていた。

「……っぅ……!」

「ハイネ様!」

「最低ですわ! 実の弟なのに!」

 ハイネの無神経な言葉の数々に、弟の身を一切案ずる事のない姿勢に、ジルは我慢できなくなったのだ。

「だいたい、人の気持ちを何だと考えているんですの!? 私は好きになった方と結婚したいと思っていたのに、あんな情のない方と結婚させられて、今度はサイコパスみたいな男と!? 冗談じゃありませんわ! イケメンだからって何しても許されると思わないでくださいませ!」


「お、俺が悪いのか……?」

 頬を抑え、俯くハイネの姿に、ジルは居心地悪く感じる。

「そんな事、私に聞かないでください!」

 ジルはハイネを強く睨み付け、足音も荒く、ハイネの執務室を出て行く。

「ジル様、お待ちください! この様な暴挙は見過ごせませんよ! っていうか離縁状を!」

 バシリーの声が聞こえたが、無視する。

「マルゴット、戻るわよ」

 扉の側に立っていたマルゴットはジルの様子に目を丸くした。

「何か不穏な声が聞こえた様な。まぁ……気のせいですね」

 彼女は瞬時に空気を読んだようで、ジルの後を付いて来てくれる。

 マルゴットと2人で来た道を戻る。バシリーや、衛兵に追われ囚われるかと思ったものの、誰も追って来る事もなく、アッサリと外に出る事が出来た。
 しかし、離宮からここまで馬車で20分程もかかった事を考えると、戻る為には1時間近くかかるかもしれない。
 太った者にとってはきつい仕打ちである。

「マルゴット、歩いて帰る事になるけど、先程の本を探して拾っても、同乗者に胡散臭く思われずに済むわ」

「そうですね。たまに歩くのもいいかもしれません」

 何があったか聞きもせず、珍しく明るい話題ばかりをふるマルゴットに感謝しながら、ジルは離宮まで戻った。