帝都コトバスに着いて早2か月半、ジルは離宮に軟禁され続けていた。

 身分の高い者を人質とした場合、その扱いは丁重なものであると聞いた事があり、その生活自体をさほど恐れていなかったものの、外出を制限される生活は中々苦痛なものだった。四六時中見張られているわけではなく、離宮全体で緩やかに監視されているという感じだ。公国にいた時もあまり身体を動かす方ではなかったが、今は部屋から出る事すら遠慮してしまっているため、ジルはまた贅肉が増えてしまった。

 もう一つジルを辟易とさせているのは、夫であるテオドール大公の側近から2週間に一回程届く手紙だ。
 最近受けとった手紙によると、大公はジルを帝国へ人質として送り出した後すぐに愛人を囲い、公国の宮殿に住まわせているらしい。
 愛の無い結婚である事は百も承知だったが、あまりの無情さに、大公への不信感が募る。

「ジル様、今日は何をして過ごします?」

 マルゴットがジルの髪をセットしながら問いかけてくる。

「そうね。また温室にでもお邪魔しようかしら」

「本当に植物が好きでいらっしゃるんですね」

「出来れば自分でも栽培したいのよ。でも人質の身の上でそんな事許されないわよね」

「ダメ元でお願いしたらいいんじゃないですか? 生き甲斐って必要です」

「その通りだわ。庭師のモリッツにお願いしてみましょう」

 マルゴットと2人で庭園の端にある温室へと向かう。
 早春という事もあり、カメリアが咲き誇る。その濃い紅の花弁は、深緑の葉に引き立てられ、庭の一角を美しく飾っていた。

「陽の光が充分でなくても、花の種類を選べば庭を綺麗に飾れるのね。こういう素朴な庭も大好きだわ」

「私は枯草だらけの侘しい風景の方が惹かれます」

「それは冬になるまで待つしかないわね」

 マルゴットのいつもの冗談に笑いながら、歩くと、ガラスで造られた温室に着く。
 体重が体重なだけにこれだけの運動で息が上がってしまう。

「ごきげんよう、モリッツ。また来たわ」

「ジル様、今日は随分早いですな!」

 モリッツは40代くらいの気のいい庭師だ。毎日の様にここに来るジルに嫌な顔一つしない。ジルの不幸な身の上を知り、同情しているのかもしれない。

「部屋にあまり引きこもっていても良くないと思ったの。今日はどんな作業をするのかしら?」

「今日は薔薇の挿し木をしますぜ」

「あら? 挿し木って6月や9月が適しているのではなくて?」

「良くご存知ですな。だがここは温室! 気温、湿度共に挿し木をしても問題ないのです」

「そう言われてみればそうね。何か手伝う事はある?」

「手伝う事……、うーむ。そのドレスを汚してしまうかもしんねーからなー」

 ジルは今着ている若草色のドレスを見下ろした。
 このドレスは、ジルの瞳の色に合わせて作らせた物だが、公爵家にある庭園で作業する為に作ったものなので、汚してしまっても特に問題はない。

「汚れても構わないわ。手伝わせてちょうだい」

「ジル様は本当に変わった方だ。ではこちらにいらしてください。発根促進剤を枝に付けてもらいましょう。マルゴットさんは、これに土を詰めて」

「分かったわ」「お手伝いいたします」

 ジルとマルゴットはモリッツがいる作業台の周りに集まり、必要な道具等を借りる。
 薔薇の枝は既に切られており、ガラス容器にはられた水に何十本も浸けられていた。
 ちゃんと葉の部分も最小限に減らされていているし、茎も斜めにカットしてある。適切な処置だ。

 ジルは、モリッツに手渡された発根促進剤を茎に塗り、それをマルゴットが用意したトレイの土に挿す。モリッツが一つ一つ区切られたトレイの土に穴を開けてくれているから、作業はサクサク進み、20分もかからずに終わってしまった。