「これから我が国にお越しになる他国のお姫様なんだから、今から仲良くしたっていいだろ?」

 ハイネは、追いかけて来た部下らしき男達に笑って見せている。

(何なのかしら、この人……、関わりたくないタイプだわ)

 ジルはハイネから距離を取ろうと一歩引くが、その分だけ距離を縮められる。

 ジルは一応公国の正妃で、いくら帝国の騎士であっても敬うべき相手なのだが、ハイネは無礼な態度を改めない。

「あの男が選んだにしてはいい趣味だな」

 信じがたい言葉をかけられ、ジルはパチパチと目を瞬かせた。
 公国側の騎士達は「アイツ、デブ専なのか?」等と囁き合っている。

「どの辺がでしょうか?」

「その脂肪、切り刻みがいがありそうだ」

「ヒッ……、なんて人なの……」

 ゾッとする笑みを浮かべるハイネにジルは恐怖する。


(私、この人に殺されるの? それともこれが帝国流の女の口説き方なのかしら?)

 顔色を無くし、視線を彷徨わせるジル。ハイネの部下達は慌てふためいて彼を帝国側に連れて行ってくれたので、ジルは内心ホッとしながら、中央部分の用意された椅子に座った。

「これより、人質の交換を行わせていただきます。帝国側からは、第3皇子コルト・クロイツァー・フォン・ブラウベルク様。公国側からはジル・シュタウフェンベルク・フォン・ハーターシュタイン様。お渡ししている誓約書をお読みいただき、サインをお願いいたします」

 テーブルの上には、上質な紙に書かれた誓約書と羽ペンが備えられている。

 誓約書に目を通すと、相手国で知り得た情報は漏らさない。無断で自国には戻らない等の事項が列挙されている。

(今更、という感じの内容だけど、こういうのも明文化して、サインをする事で立派な証拠となるのでしょうね)

 ジルは内心ヤレヤレとため息を吐き、サインした。

 人質2人のサインを受け取り、両国の外交官達が少しばかりの事務的な確認事項を話し合った後、公国側から先に引き上げとなった。
 コルト皇子が去り際に、先程ジルに絡んで来たハイネに毒を吐くという珍事も見られた。帝国側も性格に難ありの人間が多そうである。

「俺達も引き上げるか。陽が落ちる前に宿泊先の街に着きたいからな」

 公国の馬車が去った後、ハイネが場を仕切りだす。

「これからまた暫く馬車に乗ってもらう事になるけど、勿論大丈夫だよな?」

「え、ええ大丈夫よ。お腹周りがきつくないドレスを選んできたから」

「なら、いい」

 ハイネの後を、ジルはマルゴットと共について行く。

「あの、お名前をお聞きしてもいいですか?」

「俺はハイネ・クロイツァーだ」

「クロイツァー?」

 聞き覚えがありすぎるセカンドネームに、ジルは半眼になった。

「ジル様、この方もしかすると帝国の皇子かもしれませんわ」

 マルゴットがびくびくと耳打ちしてくる。

「なんでそんな人がここにいるの!?」

「哀れな弟が他国に連れ去られて行くのを見たくてな」

 コルトが去り際にハイネに嫌味を言ってた理由がハッキリした。あまり仲が良くない兄弟なのだろう。

「だったらあの場で名乗れば良かったのでは?」

「無駄に敬われるのが嫌いなんだ」


 ジルはこうしてハイネ率いる帝国の使者達によって、3日間かけて帝都コトバスに連れていかれたのだった。