結婚した次の日に同盟国の人質にされました!

「ヒッ!?  顔を近づけないでください!」

 怯えるジルを、ハイネは意地の悪そうな顔で笑った。

「俺さー常々、娶る女は政治的な話が出来る奴がいいなって思ってたんだよ。別に相談したいんじゃなくて、誰かに話してると思考がまとまってくるだろ?」

「バシリーさんで間に合いますでしょう?」

「アイツは俺の都合のいい事しか言わないから、会話に飽きてくるんだ」

「そういうものですか……」

「そ! で、戦争を仕掛ける目的だっけ? 宗教的にも人種的にも同じ、両国にとっての戦争の目的は一つしかない。経済的利益の為っていうね」

「経済的利益……ですか? 歴史を振り返ってみると、帝国は南下の為の戦争を仕掛けますよね? 我が国の教育では、ブラウベルクに住む人間は、暖かな気候や、眩しい日差しを求めてハーターシュタイン公国の土地を狙っていると聞きましたのに」

「あ~、バカンス目的、みたいな? いやいや、どんだけ俺達馬鹿だと思われてんのって話だよね。そういう事じゃないよ。ハーターシュタインの南先端は海に面しているだろ? そこからの海路を得られたら、他所の大陸との交易でより稼げるようになる。昔からウチの国の悲願なんだ」

「でもブラウベルク帝国の今の領土も西の方角は海に面してますわよ。それだと駄目なのですか?」

「今保有している港だけだと、通れる海域が危険な箇所が多い。それだけに、比較的安全で、日数的にも短縮できる航路をとれるハーターシュタイン南端の港には価値があるわけ」

「なるほど……」

 気狂いじみた言動から、頭がやばい人なのかと思っていたのだが、ちゃんと色々把握し、考えているらしい。ジルはハイネの意外な一面に素直に感心した。

「で、どう思う?」

「何がですの?」

「ウチの国が戦争を仕掛ける目的と、それに巻き込まれる自分についてだよ。言ってただろ? 自分で考えてみたいって」

 ハイネの灰色の瞳があまりに冷たく見え、ジルは再び逃げたくなる。だが逃げる事など出来ないのだ。

「自国の利益を得る為だけに、他国に侵略するという考え方は、如何なのでしょうか? 国に住む人々は軍人だけではありませんわ。愛する者達と平和に暮らせたらいいと考える人々が大半でしょう。それなのに、その人達の命を……住む場所を奪うなんて」

「アンタは俺達に、この国にある物だけを利用し、身の丈に合った程度の稼ぎだけを得て満足せよと、そう言いたいわけだな?」

 細められる目が刃物の様に細くなり、その中に映り、閉じ込められるジルは殺されるような恐ろしさを感じる。しかし、ここで引き、大人しく離縁状にサインをする事は、自分の命惜しさに公国を売り渡す事に他ならない。プライドが許さないのだ。

「そう言いたいのですわ……。それに、三カ月すらもたない程度の同盟のために、自国の皇子を人質にするなんて、あまりに計画性がない事です。外交の駆け引きがお世辞にも上手いとはいえません。この国も、先が見えてますわね」

「……」

 遠慮のないジルの言葉に、ハイネは表情を変えず、ただ沈黙のみがこの場を支配する。


「帰る」

「え!?」

 ナイフを皿の上に放り投げ、ハイネは立ち上がった。



 ハイネにここで去られてしまったら侵略を止める事が出来ないため、ジルは焦る。

「お待ちくださいませ!」

 ジルはサロンを出て行くハイネを必死に追いかける。

「お前の意地は通じた。だがコッチにも考えがある。帝国は3つの国と国境を接してるのは分かってるよな? ハーターシュタインと同盟を結んだのは、北側への牽制の意味があった。だが直ぐに向うがよそとおっぱじめてくれたんで、公国との同盟に価値がなくなったんだ」

「そこまで情勢が動いていたのですね」

「そうだ。しかし、同盟関係を破り、こちらから侵略戦争をしかけてしまえば、併合した後に、公国の国民から非難の目を向けられる。だから向こうから同盟関係を破棄させた後に戦争を仕掛けた方が後々の事を考えるといいんだよ」