「あすかちゃんの初恋の相手は俺じゃないですよ」
「は?」
「というか、つい二ヶ月くらい前に初恋もまだだってここで話したばかりです」

あまりの衝撃に言葉も出なかった。

今蜂谷の過去を聞いたところではあるが、それでも彼女の容姿だ。あまり友達が出来なかったとしても、学生の頃には彼氏の一人や二人はいたのだろうと漠然と思っていた。

ということは、屋上でつい奪うようにしてしまったあのキスが、彼女にとって……。

「あぁ、マジか……」

頭を抱えた俺に「サービスです」とバーボンのグラスを差し出した阿久津さんは、他の客のカクテルを作り初めながらも口元は笑っている。

こんな男前な幼なじみがいながら、初恋もまだだなんて思いもしなかった。

それが嬉しいような、あのキスが途端に申し訳なくなるような、複雑な気分だった。

カウンターの逆側に座る客の相手をし終わった阿久津さんは、俺達の前に戻ってくると笑いを封じて真剣な目つきでこちらを見た。

「初恋は叶わないって言いますけど、叶えてあげて下さい」

それからにこやかに「タクシー、一台でいいですよね」と店の前に車を手配してくれる。

会計を済ませ、まだ眠ったままの蜂谷を起こさないように抱きかかえて『ダイニングバー Karin』を後にした。