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翔さんが捕まえたタクシーでやってきたマンション。

お邪魔するのは二回目とはいえ、前回来た時は気付いたらベッドに寝ていたので自分の足で歩いてエントランスをくぐるのは初めて。

オシャレな茶色い大きな扉を入ると、右手には管理人室の小窓がある。この時間はもう無人になっているらしくカーテンが引かれていた。

オートロックを解除し、エレベーターで最上階の十二階まで上がる翔さんのあとに無言でついていく。

タクシーに乗る前から繋がれた手は、車内でも今もそのまま。

玄関を上がり右手に折れて奥のリビングルームに通される。

大きなソファを見て、前回来た時は私のせいで翔さんはここで寝たんだなと少し冷静に思い返した。

「座ってて。コーヒーでいいか?」
「お構いなく」
「なに、酒がいい?」
「……コーヒーください」

意地悪く笑ってキッチンへ消えていった翔さん。いつもの軽いやり取りに少しだけホッとする。

L字型の大きなグレーのソファには座らず、ソファを背にしてローテーブルとの間の床に腰を下ろした。

キョロキョロと部屋を見回したり、背中にあるソファカバーの肌触りの良さを堪能している間に、コーヒーのいい香りをさせながら戻ってきた翔さんは「なんで床なの」と笑いながら、ふたつ持っていたマグカップのひとつを私の前のテーブルに置いてくれた。