「やっと名前呼んでくれた」

「だって…副社長って言うと、いっつも文句言われるから…」

「何か嬉しいな。やっぱり名前で呼ばれた方がいいよ。
副社長って周りから呼ばれるけど、あんまり好きじゃないんだ。 特に気になっている女性からは名前で呼ばれたいもんだ」

「…何ですか、それ。 それより返してってば!」

そんな風に言い合いをしながら歩いている時だった。

不意に後ろから「美麻」と名前が呼ばれた。 その声はよく聞き覚えのある声で、振り返るとスーツに身を包んだ朝比奈の姿があった。

家とは違う。 スーツをきちりと着こなして、長めの前髪は家では垂れ流しているのに、顔が見えるようにワックスで整えられている。

少しだけ不機嫌そうな表情だったけれど、彼の顔を確認してにこりと微笑みを作り頭を小さく下げた。

「お世話になっております、結城様」

「ああ、誰かと思えば朝比奈くんじゃないか。 そうか、ここの百貨店にお勤めだったね」