ささやきはピーカンにこだまして

 手前の男子の身体はじゃまだし、うしろで大笑いしている女子の頭は揺れて、その紺色のピーコートの肩をどんどん打っているし。
 よく見えないわ、と唇をとがらせた瞬間。
 まえに乗り出したまま、わたしの呼吸は止まってしまった。
 バスの天井の蛍光灯の灯りを反射して、つやつやと輝くそれは……。

 あこがれの天使の輪っか。


『あなた、パーマかけてるわね。おまけに染めてるでしょ』
 高等部に進学したとたん、生活指導の先生に呼び出されたわたし。
 初等部のころから《八木(やぎ)姉弟(きょうだい)の天然ぱー》で有名だったわたしの髪は、よその国の子にまちがわれるほど茶色くてクルンクルンで、はやりの髪形とはまったく無縁。
 テレビで見るアイドルみたいな《真っ黒・さらさら・つやつや髪》になりたくて、どれほど母さんを困らせて、ヘアサロンに通わせてもらったかしれない。
 いっときは黒く染めてもらったりもしたけど、ゴワゴワにかたくなっただけで、生まれついたものはどうにもならなかった。

 だから、そのひとの真っ黒でさらさらの髪に、つやつやと輝いていた天使の輪っかには心臓がドキュン。
 うしろ姿だけで、だれかにあれほどドキドキさせられたことは初めてだった。