「結城先輩には入れてもらったくせに」
 だからっ?
「桃子にだって入れてもらったよ」
 な…んなの、この会話。
 きゅうに(じゅん)の顔が能面になる。
 た…すけて、よ。
 だれか助けて。
 これは準が、なにか…イヤなことを言いだす合図。
「それは――結城先輩とはなんでもない…っていう意味?」
 やめて!
「それとも……」
「やめて!」
「ぼくなんかの傘には入れてもらいたくないっていう意味?」
 (ああ……)
 やめてって言ったでしょ?
 そんな質問、どう答えればいいの?
 きみが好きだって叫ばずに、どう答えたらいいのよ。
「知らない!」
 あどじさりしようとしたわたしの腕を、準の長い指が、つかむ。
「答えて」
「…………っ」
 い…やだ。
 どうしてよ。
 どうして今日は引いてくれないの?
 先輩と後輩の境界線。
 もう消えちゃう。
 消えちゃうよ。
「離しなさい。準!」
「ひきょうじゃないかっ」
 なにが?
「そうやって先輩の顔して! あなたは――、あなたはぼくを準て呼ぶ」
「……っ……」
「ぼくはあなたをなんて呼べばいい? 先輩? キャプテン?」
 そんな……。
「好きに呼べばいいでしょ」
 わたしは真っ赤になっているはずの顔を準に見られたくなくて。
 つかまれた腕はそのままに、ずっと準に背中を向けている。
 そのわたしの背中に、準のため息。
「――――ここからいつも、わかんなくなっちゃうんだ」
 準の指がゆるゆると開いていく。
 そして今、わたしの腕は自由になって。
「ねえ。教えてよ。ぼくに…どうしてほしい? ぼくに、なんて呼んでほしいの?」
 ふいにつかまれた手に押しつけられたのは黒い傘。
「あっ……」
 準は、赤信号を駅のほうに走っていった。
 それはもう、車道の信号が青になる寸前で。
 一斉に点いた左右の車のライトの中を、駆け抜ける準の上で雨粒が虹色に輝いて。
 わたしの目はずっと、ずっと、駅の雑踏に消えていく準のうしろ姿を追っていた。
 自分は黒い大きな翼に守られながら。
 冷たい虹色のシャワーの下に無防備に飛び出した、翼のない男の子のシルエットを。

『ぼくに、なんて呼んでほしい…の?』

 わからない。
 きみはどういうつもりで、そんなことを聞くの?
 (わたし……)
 わたし、わからないっ。