「ま…ぁ、いいか。うん」
 小松の目がわたしにすがりついてくるから、ここは退散。
 わたしだって、こわいわ。
 ごめんよ、小松!
 シューズが鳴らないように、抜き足差し足。
 こそこそ向かったドア前で、モップを手に散っていく1年の女子たちと小声でさようなら。
「さよなら、キャプテン」
 四条畷 令子ちゃん。
「ふふふ」
「…やだ。なんですか、キャプテン?」
「ほら。助けてあげたら? あのままだと桃子に、こってりしぼられるよ、二紀(にき)
「いや――っ!」
 しいいいいい。
 大声だすなよぅ。
 令子ちゃんを囲んでキャーキャーにぎやかになった1年女子に手を振って、踏みだした回廊の手すりにポツンとひと粒。
 ――雨?
「八木先輩、雨ですよ」
「だねぇ。…傘は? きみたち大丈夫?」
「もう二紀が朝から不機嫌で……」
 くすくす笑う1年の男子部員たちには結局、八木(やぎ)はわたしで、二紀が名前で呼ばれている。
「あ。八木先輩、さよなら」
「はい。お掃除よろしくね。テストもがんばるのよ」
 まあ、いいけどね。
 だれも真澄先輩みたいに山羊とは呼ばないから、さ。
「さて……」
 見上げた空は西から真っ黒な雲が超スピードで迫ってきている。