翡翠の森


男はロドニーと名乗った。


『僕以外にも、疑問を感じる人がいた。嬉しいよ』

『みんな、言い出せないだけよ。きっと、隣の国の人たちも』


まだつっけんどんなジェマに微笑むと、ロドニーは彼女の花籠から一輪取り出す。


『貰ってもいいかな』

『……ええ』


そこまで見届けると、精霊は来た道を戻り始めた。


(……変な人間たち)


文句を言いながら、あの森へ。
いつしか仕返しのことなど、すっかり忘れていた。


・・・


二人の距離は縮まっていった。
端から見れば、ロドニーが美人のジェマを口説いているように見えただろうが、精霊は知っていた。
少しずつ、ジェマが彼に惹かれていくことを。

はじめは興味半分、冷やかし半分だったがはたと気づく。
時折風が吹くと、黒髪がふわりと広がること。
瞳がキラキラしていること。
唇が果実のように赤いこと。
そして何より、彼女の心が澄んでいることに。


(……これ、何? )


何か、どこかがチクチクする。
人間なら、これを何と言うのだろう。
胸が痛い?

ぽんと浮かんだ言葉を、精霊は否定した。
あり得ないし、あってはならないことだからだ。

――カタチのない存在が、恋をするなんて。