翡翠の森




・・・



「……本当に行くのだな」


出立のこの時まで、もう幾度も繰り返された会話にジェイダは苦笑した。


「……うん。アルフレッドもエミリア様も、元気で」


ほんの少し呆れ、すごく嬉しい。
こんなにも、別れを惜しんでくれるなんて。


「ジェイダ様。わたくし……貴女が羨ましかった」


秀麗な王妃様。
彼女が自分を羨むことがあるのなら。


「これからアルフレッドの一番近くにいるのは、エミリア様ですよ? 」


傷は消えてはなくならなくても。
癒えるか膿むかは、この先の彼ら次第だ。


「……はい」


夫婦はまだぎこちないが、次に会う時はきっと。


「……お役御免ね」


やや刺のある言い方に、彼女を見上げる。


「護衛は、ね」

「そもそも、護衛としては何もできていないわ」


自嘲的な言葉に、大きく首を振った。


「誰一人も剣を抜かなかった。それって、一番すごいことだと思う」


大切な友人であるジンに、そんな真似をさせずに済んだ。
手を尽くし、耐えてくれた彼女を心から誇りに思う。


「そう遠くなく、また会える。ジンの大切な人にも会いたいし、私の友達もあなたを好きになると思うし。……だから……」


そんなに泣かないで。


「ジン……」


赤い毛先が揺れている。
彼女が嗚咽を漏らす度に、まるで引き留めるように。


「必ず、また。その為に……帰るの」

「ええ……そうね」


きつく抱き締めた後、ジンがゆっくりと腕の力を弱めた。


「……いってらっしゃい。ロイ様のことは、私が見張っておくわ」


無理が見える冗談に、ジェイダも苦労して笑う。


「じゃあ、みんな……また!! 」


声がくぐもらないように、できるだけ大声で叫ぶ。
城門を背にしたばかりで、後ろ髪が引かれることのないように必死に空を見上げて。


「あ……」


分厚い雲の隙間から、一筋光が差している。
何となく勇気をもらえたようで一歩を踏み出せば、ロイが寂しげに微笑んでいた。