「本当、ごめん。こんなところまで引っ張ってきて」
頬にかかる髪を、ロイの指がそっと払う。
そのまま顔を隠していたかったが、抵抗するのも億劫で――正直に言えば、触れていてもほしかった。
「クルルに行く前に、もう一度来たかったんだ。初めて、僕が僕でいられた場所に……君と」
その想いがバレたのか、彼が優しく撫でていく。
瞼を。
頬を。
唇を。
「君は、クルルの乙女なんかじゃない。ただの――」
――ただの、僕の婚約者だ。
(耳が熱すぎる)
せっかく気持ちよく微睡んでいたのに、またも体温が急上昇する。
つまり、囁かれた一言を最後まで聞き取れているのだ。
「ジェイダ? 」
呼びかけられ、できるだけ自然に寝息を立てる。
「……本当に寝るかな。男と二人、こんな森の中で」
ぷにぷにと頬を突かれ、摘ままれる。
必死に寝たふりを続けていると、大きな溜め息が降ってきた。
「……精霊のものでも、国のものにもしない」
真上にロイの気配を感じ、目を開けたくても開けられず、ただ心臓の音にひたすら耐える。
「僕の、だろ」
何が起きているのか。
横で抱きしめていた彼の声が、どうして上から落ちてくるのか。
分かっているはずなのに、自分に知らないふりをしている。



