花岡のやさしい姿を想像したこともなかった。告げれば、花岡は心外そうに眉を動かして声を寄せてくる。
「事実だろ?」
躊躇いなく囁かれて、とうとう考えることをやめた。マネージャーという立場上、世辞文句を言う機会も多いだろう。まともに受け止めていたら、大けがを負ってしまいそうだ。
視線を躱して、登山を再開する。ほんの20分くらいで目的地にたどり着いてしまった。ぽつぽつと会話を続けてはいたが、そこまで多くもないだろう。
何よりも花岡が私に話しかけるためには、いちいち歩くペースを落とさなければならなくなる。
耳に唇が触れた時、過剰な反応をしてしまったから、花岡なりに気遣ってくれているのだろう。まるで私ばかりが意識してしまっているようだった。
「……わあ、すごい」
紅葉した木に覆われた道は、昼間でもすこし夕暮れのような気配が香る。すべてに紅葉色が配色された世界は、またとない景色だった。
きっと、花岡がいなければ、私は知ることすらなく、あの部屋で、しゃがみこんでいただろう。
どれだけの奇跡だろうか。自然と離れてしまった指先がすこし冷たく感じる。花岡は、すこし開けた場所から、町の様子を眺めているようだった。


