「眠くなったら寝て良い」


ただそれだけを言って、花岡が助手席の扉を閉じた。運転席まで歩いて、隣に乗り込んでくる。

ポケットから携帯を取り出して、何かを操作しているようだった。首をかしげている間に、車内に曲が流れる。


「……移動中、毎回聴いてるって言ったら、プレッシャーになるか?」


一瞬で私に聞かせる気のない言葉だとわかってしまって俯いた。

これは、聞くべきではない花岡の本音だ。息を殺している。まさか、そうだったのか。

私が演奏した曲だ。

淡々としたアナウンスとブザーの音で気づいてしまう。何年前の音源だろう。本人ですらわからないような、遠い記憶のもののような気がした。

夢のような日々の中で、一度として花岡は私の曲について触れようとしなかった。いっそ、いつも連絡をくれていた人とは違う、別の人格のようにさえ見えていた。けれど、本当はどうだろう。


聞こえていない私にさえ気を使って、曲を止めようとした人だった。どうしてこんなにも、大切にしようとしてくれているのだろう。


「……ただ好きなだけだ」


ぽつりとつぶやいて、私の髪を撫でる。

その指のやさしさで、顔が持ち上がってしまった。横を見れば、いつものように顔を寄せてくれる。

熱くてたまらない言葉を吐いた後だというのに、花岡はいつものように「だすぞ」と一言告げるだけだ。答えを求めることさえしない。