ぐっと残っていたぬるいお茶を飲み干してみれば、瞼をやわらかく細めてこちらを見つめている花岡と目が合った。


「行くか」


手を差し伸べられて、迷いなく掴んだ。

夢のような日々が続いている。

ふわふわと落ち着かない。現実と思えないやさしい世界が広がっていて、まぶしい。

パンプスに足を入れて外へ踏み出せば、秋の陽気が頬に触れてくれる。やさしい匂いは金木犀の香りらしい。あまり外出する機会もなかったからよく知らなかったけれど、この町に来てから、秋を彩る要素の一つになってしまった。

深呼吸しているうちに、花岡の指先が軽く私の指を握ってくる。まるで、気を引きたいみたいな仕草だ。


「どうしました?」

「……いや?」


車までのわずかな道を手を引かれながら歩く。いつものようにドアを開けて助手席へと促される。律義な人に笑いたくなって、耐えることなく口角が持ち上がった。


「南朋さんって、すごく紳士です」


思った通りに言えば、花岡はすこしだけ顔をしかめてしまった。悪態でもついてしまいそうな表情のまま、シートベルトをとって座っている私の右腿あたりに装着してくれる。

触れそうに近づいた距離で、私だけに打ち明けたい世界の秘密みたいに囁きかけた。


「周限定だ」