花岡のやさしさにあぐらをかいている自分を嫌悪しているくせに、離れられる自信は一つもない。

花岡の指先が、あまくなぞる。

存在を確かめるように私の手に触れて、もう一度「藤堂」と声が囁いてくれる。


あなたのやさしさを拒否するなんて、永遠にできないだろうと思う。


私はこの先の生涯、絶対に花岡のやさしい手を振り払ったりしない。それだけはどうしても守りたくて、花岡の胸に擦らせていた顔を上げる。

すぐ近くで、花岡の瞳が輝いていた。うつくしいひと。私の――すきなひと。


「行ってみたいです」


おそるおそるつぶやけば、花岡は、真意を確かめるように私の瞳を見つめてから、やさしくうなずいてくれた。いつもの指先が、私の髪をなぞるように愛してくれる。そのやさしさで酔ってしまいそうだ。


「眞緒、じゃあ、チケット二枚もらう」


電話口の声はまだ聞こえそうにもない。けれど、きっと、近いうちに聞こえるようになってしまうのだろう。

どうして名残惜しいのか。


身の程を、ちっとも弁えようとしない自分の好意を、あざ笑ってしまいたかった。花岡がいくつか声をかけて、携帯電話の先にある声が消えてしまう。

花岡は、やさしい眼差しのまま、私の頬を滑るように撫でた。


「じゃあ明日、行くか」


秋の夜は、とても長い。