「………………き……れたのね」

 鼓膜が僅かに揺れて、意識が浮上した。

「昼前にね、意識が戻ったの。すぐに眠っちゃったんだけど、」
「……目が覚めたのなら、良かった、です」
「ええ、ええ……あんな大きな事故で、死者が出なかったなんて、奇跡よね」

 涙混じりの母の声と、男の人の声。父のものではないそれに、思い浮かんだのはワケの分からない理由で私をフッた元彼の顔だった。
 別れたことは母に話していたはずだけど、娘が事故にあって意識不明ときたもんだから、気が動転して連絡をしてしまったのだろう。それで、一応お見舞いにでも来てくれたのか。変人め。フラれた理由は意味不明だったけど、外面だけはいいもんな、お前。
 うっすらと少しだけ開けた視界には、白い天井。きちんと目を開けようと思ってはみたものの、まぶたに力が入らない。目玉を動かそうにも視界はまるっきり動かないし、顔だってもちろんのこと、身体も動かせやしない。
 まぁ、元彼と対峙したところで、だ。起きていることにふたりとも気付いていないみたいだし、このまま目を閉じて、寝れるならまた寝てしまおう。

「……あの、私ね、お昼まだだから食べてこようと思うんだけど、」
「……俺、見ときます。ゆっくりしてきてください」
「ごめんなさいね。目、覚ましてもナースコールはしなくていいからね」
「はい」

 母よ、飯は食え。
 そう思ったけれど、おちおちご飯も食べられない状況にしたのは私か、と心の中で再度詫びる。
 かたり、ぎしり。
 扉が閉じられた音に続いて聞こえたのは、二種類の音。靴音と、椅子か何かに座った音、だろうか。最初に目覚めたときもあたりを見回したわけではないから何とも言えないけれど、確か、母が座っていたパイプ椅子はあったような気がする。
 と、そこまで考えて、気付く。ものすごく、見られてることに。
 刺し殺す気かと言いたくなるくらいに突き刺さる視線。目を閉じた状態だからか、やたらと感じるそれに気まずさを感じながら、母よ早く帰還してくれ、と切に願った。