「心咲」

 静かな、けれど、どこか真剣な声で名前を呼ばれ、ぱちりと瞬いて、目玉の水分を落としてから視線をあげれば、声と同じくらい真剣な面持ちの来栖と目が合った。

「もう二度と、悲しませねぇ……ひとりで悩ませたり、しねぇから」
「……そん、なの、」
「信じてもらえるように、頑張る。毎日、好きだ、って、愛してる、って伝える。行動でも、伝える」
「……っ」

 触れられていない方の頬にも、するりと自然に手が添えられ、ぐしりと目尻を拭われた。

「お前が事故でICUに運ばれたとき、手術が終わっても、俺は近寄ることすら許されなかった。家族だけだ、って……そりゃ、俺は恋人でも何でもねぇけど……でも、例え恋人だったとしても、ああいう場面じゃ他人扱いされるんだって、知った」
「……」
「恋人じゃ、足りねぇんだ、って……だから、なぁ、心咲」
「……っ」
「俺と、結婚して欲しい。俺は、お前と、夫婦ってやつになりてぇ」

 ずるい、ずるいよ。事故のときのことを出すなんて。
 そう思うのに、彼の吐露(とろ)する全てが、私の決意を激しく揺さぶる。
 ダメだ。ダメだ、ダメだ。もう流されないし、絆されない。
 己を叱咤するも、やはり来栖清武という男は、一筋縄ではいかないらしい。

「俺、四人兄弟の三番目で、野郎ばっかだし、婿養子でも全然問題ねぇから……心咲、おばさんのこと、ひとりにできねぇって言ってただろ?」
「……う、ん、」
「三人で、一緒に暮らそう」

 ちくしょう、ちくしょう……!
 母のことを出されたら、私は……!

「……戸山清武に、なるの……?」

 なんて言い訳をつけて、不承不承といった態度を装って、油断すれば溢れだしてしまう気持ちを押し込めながら、私は小さな声でそう呟いた。


 ー終ー