ぽた、ぽたぼた。
溢れて、留めて置けなくなったそれが、重力に抗えるわけもなく、次から次へと落ちていく。
「っ、はな、して」
握られていた手を振り払い、ぶつかるかもなんて遠慮は端に捨てて、ベンチから立ち上がる。袖で乱暴に涙を拭いながら、帰路につくためにと一歩を踏み出した。
「心咲」
「っ、」
「ごめん、」
「っやめ、て、離して、」
「ごめん、好きだから、無理だ」
「っ」
けれども、二歩目は踏み出せなかった。
腕を掴まれ、引かれ、流れる視界。その先にあるものを脳みそが理解するよりも先に、背中を這うように巻き付く感触と温もり。左耳にダイレクトに聞こえた声のせいで、拭ったばかりの視界がまたじわりと滲んだ。
「……な、ん、なの……ほん、と、」
「……今さらだってのは、分かってる。自分勝手なのも。でも、諦められねぇ……もう、諦めたくねぇ」
緩い、しかし、結びの固い拘束から逃れようと身を捩るも、巻き付いているそれはぴくりとも動きやしない。
「……高校んときのこと、ずっと後悔してた。心咲のこと好きなのに、どうしたらいいのか全然分かんねぇし……態度にも、言葉にもできねぇまま時間ばっかり経って……それでも、笑って話しかけてくれたり、返事してなくても連絡してくれる心咲に甘えて、俺らはこのままでも、こういう形でもいいんだ、って勝手に思い込んでた」
「……っ」
でも、このままじゃダメだと思った。このまま、来栖の話を、言葉を聞いてしまったら、ダメになると、なってしまうと、思った。あのときの、私の涙も、苦しみも、何もかも全てが無駄になるような気がして、大人しくなんてできるわけなかった。
だからといって、急に筋力が増すわけでもないから、結局もそもそうねうねするだけで、逃がすまいとするそれから脱出することは叶わなかった。
「卒業式んとき、合鍵、渡すつもりだった。家はもう決まってたから……でも、終わりにしようって言われて、頭ん中、真っ白になって……嫌だったのに、気付いたら、分かった、って言っちまってた」
こんな、人気のないところで羽交い締めみたくされているのだから、誰か、通りかがりの人とか、止めに入ってくれたり、通報してくれないかな。
「……信じてもらえねぇかもしんねぇけど、俺は、心咲が好きだ。今までも、これからも、ずっと」
なんてことを思ったり願ったりしてみたけれど、まぁ、そう都合良くいくわけなかった。



