もうどれくらい走っただろうか。
僕は廃ビルとなっている場所の屋上に来ていた。
ひとまず足を止め、はぁ、と息づき、少ししめった床に腰を下ろす。

「勢いで出てきちゃったけど、これからどうしよう……」

僕の荷物は学校用のかばんひとつのみだ。
一応財布もスマホも持っているものの、あまり長い間凌ぐことは出来ないだろう。
明日あたりには帰って謝ろうかな、なんて思っていると。

「あれ、先客がいた」

僕の後ろで、鈴の音を転がしたような声がした。
驚いて勢いよく振り返ると、自分と同い年くらいの女の子が制服のまま階段の前で立っていた。

「あ、ごめんね、驚かせちゃった?」
「いや…別に、大丈夫」

その子はよいしょ、と言って僕の隣に腰掛ける。

「あの、ここ少ししめってるよ」

そう言うとその子は目を軽く見開いた後、
「ぷっ…あはははっ!」
と吹き出した。

「な、何がおかしいの…」
「いや、湿ってるよって、見たらわかるし、それに君もちゃっかり座ってるじゃん」

まぁ、そうなんだけども……、どうもこのこと話していると調子が狂うなぁ、と感じる。

「ね、君、名前と年齢は?私、藤宮志乃(ふじみやしの)。15歳だよ」
「え?えっと、塩谷葵(しおやあおい)……。15歳…」

僕がたどたどしく自己紹介をするとその女の子は2回頷き、
「葵ね、りょーかいっ」
と笑顔を作った。

何故か胸がきゅっとなる。
「……?」
なんだろう、この感じ。

「どうしたの?葵」
「いや……大丈夫、なんでもないよ、藤宮さん」
僕が藤宮さん、と呼ぶと彼女は少し顔を(しか)めて、
「なんで、同い年だから下の名前で呼んでよ」
と不満そうに言った。

「……じゃあ、志乃、」
「ふふっ、なあに?葵」

下の名前で呼ぶと嬉しそうにはにかむ志乃。
僕はあまり異性のことを下の名前で呼ぶ機会が無いため、少し緊張するけど、なんだか志乃といると心がふわっと軽くなるような気分がした。