「わー、こんな人の来ないところに連れ込んで、湊くん、だいたーん!」

「…誰かに見られたくなかっただけ」

冷たく返しても、ニコニコと笑ったままの紗夜

こいつ、言ってることがキモい

脳ミソちゃんと詰まってんのかな?

なんて、思ったことを言ってしまうと拗れるってわかるから言わないけど


「紗夜」

名前を呼べば、目を細めて静かに笑う

何を考えてるのか解らない表情で、俺に近づく


言わないといけないことがある

もっと、ちゃんと伝えておけば誰も傷つけなかったのにな



「俺、紗夜のこと好きじゃないんだ」



最初から言えばよかった

断れば良かった


あの日、紗夜が伝えてくれた日に


なんとなくって付き合っちゃいけなかった


それが今でも、ずっと紗夜を傷つけてたから


「あの日、ちゃんと断ればよかったんだよな、…ごめん、紗夜とは付き合えない」


俺を好きでいてくれるなら、誰でもよかった

あのときはそう思ってた

でも、そんなことなかった


まっすぐに想ってくれる人がいる

そんな人に会えた


自分がそう想える人に会えた


「解ってあげられなくて、ごめん」

好きになれなくてごめん

「傷つけて、ごめん」

同じ気持ちで向き合えない癖に側にいてごめん



「好きになってくれてありがとう」


最後にそう言えば、表情を変えなかった紗夜の顔がひきつった


「すぐ謝っちゃうなんて、湊くんってば本当にあまちゃんだなぁ」



そして、泣きこそはしなかったけど、苦しそうに噛み締めるように笑った



「知ってたよ」


いつもの表情に戻ると、俺の隣に並んで話し始めた

「湊くんが紗夜のこと好きじゃないなんて。だって最初から湊くんは言ってたじゃん、好きにならないけどいーのかって、」

遠くを見て話す紗夜に、あの日のことを思い出す

あの日を重ねて、その声に耳を澄ませる


「それで、よかったの……本当に」


「でもね?それなのに、ここまで引きずっちゃったのは、どこかで湊くんに私と同じ気持ちになってほしいって、少しでも私と同じ気持ちでいてくれたらって思っちゃったからなの」

紗夜は、悲しそうに、初めて人間らしく笑った気がした

「本当はね、もう、いいの」


俺から一歩離れると、穏やかに窓に向かってゆっくりと歩く

「私とあの子、何が違ったんだろうね……?湊くんを好きなのは私だって同じはずだったのに……純粋さの問題かな?」

少しだけ悲しそうに目を細め、笑って窓を開けると、少し冷たい風がゆっくりと吹いてきた


「湊くん、ごめんね……ありがとう、……私達、っていうか、私が、かな。何にも見えてなかったんだね。私ね、湊くんが私の事、大事にしてくれてるのちゃんとわかってた。それなのに、私は湊くんの大切なもの、全部捕っちゃった……ごめん、ごめんなさい」

掠れた声で、でも最後まではっきりと言うと、頭を深く下げた紗夜

後悔、なんて、しても足りない


紗夜が俺にしてきたことも、俺が紗夜に対して向き合わなかったことにも



「湊くんもちゃんと人間らしくなれたんだね…あ、そういうことか」


───湊くんが人間への第一歩を踏み出せたのは蜂蜜ちゃんのおかげなんだね……そりゃあ、私敵わないや


「今度はね、蜂蜜ちゃんみたいに真っ直ぐに誰かを想ってみようと思うよ、私」

「…それは、やめた方がいいと思う」

「えー?」

「相手に迷惑かかるから、本当に、体験談だから」

「なぁーに?惚気ー?」

久しぶりに、あの時、中学時代のように皆で笑った気がした


「ん、じゃあね、羽華と約束してるから」

「うわー、人に許しを貰った途端それなんだねぇ…蜂蜜ちゃん、こんなやつの何処がいいのかなぁー?」

眉を潜めて笑っているあたり、もう放って置いてもよさそう

出口に向かおうと体を傾けたとき、


「湊くん、これは、私の青春を奪った仕返しね」


耳元で声が聞こえたと思った途端、目の前に紗夜

あ、これダメなやつ

咄嗟に口元に手を当てた瞬間、柔らかい感触が手の甲にぶつかって、自分の反射神経に感謝

ムウッと頬を膨らませて不服そうな顔をしている紗夜

こいつ、反省してないね

俺だけが悪いみたいに、さっきから言ってるけど…

そしてバチが当たったのか、紗夜が足元からカクンと転びそうになる


「……仕方ないな」

触りたくもないけど、、

紗夜の腰と頭に腕を回し、支える

思ったより近くなった距離に目眩を覚えた時