湊先輩本人には聞けなかったけれど、合同授業で会ったあの美少女のことについて、裕先輩に聞いてみてもいいのかな?

なんだか裕先輩の様子も変だったし…

「裕先輩、あの時、合同授業で会った女の子のこと、聞きたいんです、でも」

「うん?」

「裕先輩とあの子の関係だけ、今は聞きたいです!湊先輩との関係は、…やっぱり湊先輩本人から聞きます!」

「そうだね……それがいいね」

そう言った裕先輩は、優しく、悲しそうに笑った

「そうだなあ、何から話そう?まあ、あの女がメンヘラっていうのは、当たりかな」

お、女!!

裕先輩が女の子に対して恐ろしく冷たい!

「あー、湊のこと抜かすとそんなに話せることないかも」

「あ、そうなんですか」

「うん、言えるのは俺はあいつの事がすごく嫌いってことだね」


そう言って黒い笑みを浮かべた裕先輩は、なんだか怒っているようにも見えた

「あー、あれでしょ?裕か九条があの女?とか呼ばれてる奴と、付き合ってた訳だ」

今まで黙っていた洸くんが私の隣に座ってひょっこりと顔を出した

付き合ってた?

あんな可愛い子と、先輩が?

なんというか……

「流石過ぎて、何も言えない…」

「あー、あの女と付き合ってたとか俺が誤解されるの無理だから、もう言っちゃうけど、付き合ってたのは湊ね」

あちゃー、ごめん湊、と、表情を濁してどこかにいる先輩に謝った裕先輩

でも、そっか

そう

先輩とあの娘が……

「羽華ちゃん、…えっと」

「よかった」

「え?」

「湊先輩は、恋したことが無い訳じゃなかったんですね?それに、人を好きになれない訳でもなかった」

そう言って、笑えば裕先輩もいつものようにふにゃりと笑ってくれた

「それに、ほら!人の事を好きになれるなら、私にも可能性は残されてますよね!人外にならない限り!!」

「んー、それはどうだろ」

私のプラス思考に言葉を被せたのは、また苦い表情の裕先輩

湊先輩のことになると裕先輩は、いつも真剣だなあ

「どーゆー意味だよ?」

洸くんが急かすように裕先輩を揺さぶる

ううううっと、顔を歪めて自分の中の心と葛藤している様子の裕先輩

聞かない方がいいこと?

ここからは、やっぱり湊先輩に聞いた方がいい?

「ゆ、裕先輩、もう大丈夫で、」

「…湊は、あいつのせいで……」

ガチャン!

私達、二人の会話を遮った先

全開に開いた屋上の扉はギイギイと音をたてていた

そこには、不機嫌な湊先輩

今の会話、聞いてたのかな…?

裕先輩も驚いた様子で固まっている

洸くんに至ってはベンチの後ろに逃げてるし…

「み、湊先輩」
「裕、来て」

私の声と湊先輩の声が重なりお互い視線が重なる

「ん、ごめん、羽華なんて?」

あれ、怒ってない?

不思議そうな顔でこちらを見ている限り、先輩の様子からは私に対する怒りは感じられない

「お、おお?なになにーさ、湊が俺にお願いなんて珍しいじゃんかー」

ニヨニヨしながら近づいた裕先輩を軽くあしらうと私の所に近寄ってきた先輩

「それ、しっかり処分してね?」

ツンツンと私の手に収まっていた旗をつつくと、すんなり離れていってしまう先輩

別に湊先輩に後ろめたい事はないのになんだか悪いことをしてしまった気分だ…

クイッと思わず先輩のニットの袖を引く

長い睫毛が震えて、私を視界に捕らえた

「羽華?」

えっと、どうしよう

ノープラン

朝の旗で、アイデア出尽くしたよう!

あの日の女の子のこと、付き合ってたこと

聞きたいことが沢山あるけど

怖い

嫌われたくない、これ以上

さんざん嫌われるようなことしといて今さらだけど

臆病な自分

先輩の手首当たりを握ったまま話せないでいたら、


コツンッ

「、?」

「なに、どうしたの?」

低くて心地いい声が耳元で聞こえて、おでこに先輩の体温

綺麗な黒目と近距離で目が合う

「せ、せんぱい」

「うん?」

情けない、何も聞けない私が

息がぶつかる距離に震えていれば、今度は優しく髪をクシャッとされた

「待ってるから、……おいで?」

ああ、ずるい

そんなに、そんな風に微笑まれたら泣きたくなるのに

目を細めて、普段は使わないであろう表情筋で少しだけ上がった口角

目尻の小さなホクロ

他の子には見せないであろう、少しだけの特別なこの笑顔も、小さな優しさも

フワリとなびく黒髪も、全部


「…好きです、…ふふっこんなにスペシャルサービスされたら今日はとことん付きまとっちゃいますよ?」

「いつもでしょ」

瞬きをすれば消えてしまう様な先輩の笑顔はいつも一瞬で、少し寂しい

けど、発見出来たときは心臓が震えるよ

「裕、階段下にいる女、追い払って」

「ええー、そんなこと?湊が一瞬でも微笑めばすむ話じゃんねー」

「……」

「あーもう、わかったよ!ほら行くぞ」

裕先輩は、私の頭に手を置くとポンポンと撫でてくれた

どこか、寂しそうに

何かを伝えようとしてくれていた裕先輩

さっきの言葉の続きは?

聞きたかったような聞きたくなかったような

屋上を出ていった先輩方

しばらくして、静かな屋上にまで聞こえるほどの女の子達の歓声が聞こえてきた