大胆な初チャレンジャーの出現に、観客たちが沸き立つ。

 そんな中、主催者の男はにやりと笑ってフィアナを見下ろしていた。

「50点!いいねぇ、いいねぇ。志は高くなくちゃあ。だけどな、フィアナちゃん。リッキーチャレンジはなかなかシビアなゲームだぜ?」

「望むところです。正々堂々、手加減なしでお願いします」

 フィアナが少しもひるむことなく答えてみせれば、男は愉快そうにうなずく。どうやら、初挑戦にしては高望みな目標に、向こうも真剣に応えてくれる気になったようだ。

(……制限時間は約1分。50点を取るためには、だいたい一秒に一回リッキーを叩けばいい。大丈夫。かんっぜんに無謀な数字ってわけじゃない)

 ぐっと両手を握りしめ、フィアナは勝利への算段を立てる。

 リッキー(の、中の人)が、初心者を前にどれくらいのスピードを出してくるかはわからない。しかし、さっきの小さな女の子と同じくらいのスピードでやられたら、50点に到達する前に制限時間が終わってしまうだろう。

 であれば、作戦はひとつ。ある程度のスピードの中で、2回に1回はリッキーをしとめる。この目標で、なんとか50点を目指していくしかない……!

 ――と、このようにフィアナは真剣に考え込む。だが、そんな思考を吹き飛ばすように、エリアスがぶんぶんと応援旗を振りながら叫んだ。

「ファイト、ファイト、フィアナさん! ファイト、ファイト、フィアナさん! 存在が正義! 存在が勝利! 貴女という存在こそ、この世界で無敵です!!!!」

「エリアスさん!? めちゃくちゃ恥ずかしいから今すぐ止めて!?」

「そうはいきません! 天使で女神でマイスウィートハニーなフィアナさんが勝負に打って出るんですっ。貴女の(恋の)奴隷として、溢れるパッションを貴女にぶつけなくては!」

「ほんと語弊しかないんですけど!?」

 周囲の人たちが若干引き気味に一歩下がりつつ、同情するような目をフィアナに向ける。主催者の男まで「お嬢ちゃん、ユニークな彼氏と付き合ってるんだね……?」と戸惑うものだから、もう居た堪れない。

 顔を真っ赤にしたフィアナは、すぅと大きく息を吸い込む。それを吐きだしたとき、フィアナは無理やりエリアスを視界の外に追いやった。

「……お願いします。はじめてください」

「あい、わかった」

 砂時計に手を伸ばしつつ、男が小さな旗を握りしめる。備えるフィアナも姿勢を低くして構える。一瞬の緊張ののち、男がぱっと旗を振り上げた。

「スタァァァァァット!」

 ポンッ、とリッキー人形が飛び出した。

(は、早い……!)

 目の前の穴から、リッキーが次々と顔を出す。先ほどの大男の時よりは随分マシだが、それでもすべてに反応するのは難しいほどだ。

(けど、そのほうがちょうどいい!)

 当初の予定通り、フィアナはすべてのリッキーを叩くことははなから諦め、目の前に飛び出したリッキーを確実に仕留めることに集中する。

「18! 19! 20! お嬢ちゃん、いいペースだぁ!」

 やんややんやとギャラリーが盛り上がる中、カウントをする男の声が耳に飛び込んでくる。目標の50点には、あと30点。いいペースということは、残り時間にまだ余裕があるのだろう。

 だが。

「おおっと! ここでリッキーがレベルアァァァップ!! 一段と早くなったリッキーに、フィアナちゃんはついていけるのかぁぁぁ!?」

(っ!?)

 シュポポポポポポポポッと、リッキーのスピードが大幅に上がる。叩くものを厳選するにしても、とてもじゃないが体が反応しきれない。必死についていこうとするが、腕を振り下ろしたときには既にリッキーは穴の中だ。

 フィアナは焦った。点数を稼ぐペースも確実に落ちてしまっている。このままでは50点はおろか、40点取れるかすら怪しい。けれども、そうやって焦れば焦るほどハンマーは虚しく空を切るばかりだ。

 そんなとき、フィアナの耳にエリアスの声が飛び込んできた。

「フィアナさん! 大丈夫です、フィアナさん!!」

(何が!?)

 半ば八つ当たり気味に、フィアナは人垣を振り返る。すると、せっかく用意した旗を振らずにただただ握りしめ、必死に自分を見つめるエリアスがそこにいた。

 フィアナと目が合うと、エリアスは勇気づけるようににこりと微笑んだ。

「信じて、フィアナさん。貴女は無敵です。どんなときも、いつまでも」

 柔らかなアイスブルーの瞳に見つめられ、フィアナは小さく息を呑む。それから彼女はふっと笑みを漏らしてから、改めて水色の台に向き合った。

「だからそれ、意味がわかりませんってば!」

 そう返すフィアナのハンマーは、すぱーんと気持ちよくリッキーの頭を叩いた。

「うぉぉぉぉおおお!! ここでフィアナちゃんもレベルアァァァップ!?!? 覚醒した少女は、リッキーのぬいぐるみをゲットできるのかぁぁぁッ!?!?」

 盛り上がる聴衆の声すらも届かないほど、フィアナは集中してリッキーを追う。ハンマーを振るう腕は、さきほどよりも確実に早くなっている。

 ――存在が勝利とか、存在が正義とか。エリアスの言うことは相変わらずに意味がわからないし、心の底から恥ずかしい。

 けれども、勝ってエリアスに笑顔を届けたい。そう願っている今この瞬間は、フィアナは確かに無敵になれた。

「39、40、41……! 時間が尽きるのが先か、フィアナちゃんがリッキーを叩くのが先か!?」

「頑張れ!! フィアナさん、頑張れ!!!!」

(はぁぁぁぁっっっっ!!!)

 息をすることすら忘れて、フィアナはハンマーを振り下ろす。その時だった。

(……あれ? なんか、視界がぐるぐるする……?)

 目の前のリッキーの姿が、3重ぐらいに重なって見える。根を詰めすぎたのが良くなかったのか、単に目を回したのか。なんにせよ、フィアナはよろめいた。

(でも……!!)

 たたらを踏んで堪え、ハンマーを握る手に力をこめる。最後の力を振り絞って、フィアナは水色の台を――そこから飛び出すリッキーを強く見据えた。

「おおおっと、時間も点数も残りわずかぁッ!! 47、48、49、ごじゅ……!!」

 50。そのカウントを聞けたかは、定かではない。気づいたときにはハンマーは手から零れ落ちて、フィアナの瞳は水色の台ではなく、天に広がる青空を映していた。

「フィアナさーーーーーーーん!!!!?」
 
 最後にフィアナが聞いたのは、そんなエリアスの悲鳴であった。