彼は腐女子を選んだ

すっかり忘れていたが、そうだ……今、これを持っているということは……杉森くんのファンだと誤解されてしまったんじゃないだろうか。


失敗した。

なるほど、それで「身の程知らず」というワードが聞こえてくるのか。


まあ、そうだよな。


自らの迂闊さを呪いながら、黙々と私は本を鞄に詰め替えた。



「わ!マニアック!なに?コクトー?……ジャン・コクトー?知ってる!白黒映画の『美女と野獣』!野獣が、美丈夫!」

周囲の微妙な空気をものともせず、ひかりんがやってきて、騒ぎ出した。


……ちょっと、ほっとした。


「うん。その野獣が、ジャン・マレー。」

私はそう説明しながら、やはり白黒の写真を指差した。


ひかりんが、ジャン・マレーの写真に首を傾げた。

「……こうして見ると、なんか、まさみんのお兄さんに似てる……。」


……なるほど。

眉間の深い縦皺と、横に長い鋭い目と、ごつごつした感じが……似てなくもないか?


「いや、兄上、顎割れてへんし。」

「まあ、日本人でケツ顎は、珍しいよね、うん。……でも、なんで、こんなにコクトー三昧してるの?次の創作の資料?」

不思議そうなひかりんに、私はまともな返事をできなかった。


……杉森くんが借りてたから……なんて言った日には……思いっきり誤解されてしまいそうだ。


「コクトーもジャン・マレーも、どっちもいけるから、題材としてはおもしろいだろうけど……。」

「うん。2人ともどっちもいけるよね。……私はディアギレフとニジンスキーのほうが萌えるけどなあ。」

ひかりんの目がキラキラ輝き出した。


「……ニジンスキーか。卑猥だな。」


自慰を振付に取り入れたバレエで有名なダンサーなので、腐女子的には有名だ。

ディアギレフはニジンスキーのパトロンで、もちろん、そーゆー関係だった。


「卑猥だから、いいの!」

よりいっそう声をはって、ひかりんはそう言った。



ざわついていた教室が、一瞬しーんと沈黙した。



……恥ずかしい……さすがに、これは、恥ずかしい……。

だが、ひかりんは意に介さず、ディアギレフと別れた後、ニジンスキーが廃人になる過程を興奮して話し続けた。

教室内は、あいかわらず静まりかえり……ひかりんの下ネタ含みの腐談義は、チャイムが鳴るまで響き渡り続けていた。

クラス中にどん引きされた気がする。


まあ……いまさら、か。



***


6月に入ると春の芸術祭で、校内が賑やかになる。