彼は腐女子を選んだ

想いは変わらない。

むしろ、ますます強くなる。



「また来る。その時まで……生きててくれよ。」

中村上総はそう言ってから、首を横に振った。

「いや。それは俺のエゴだな。……あきら。苦しかったら、楽にしてもらえ。無理しなくていい。安らかに。おやすみ。」


優しい言葉に、涙が出た。


……そうね。

苦しめてまで、無理矢理生かし続けるのは、かわいそうだ。


あきらの両親は、いわゆる延命治療を望まなかった。

ただ、痛みを取ってやってほしいとだけ、医師に頼んでいた。


苦しむ姿なんて、見たくないから……。


****

意識障害は常態化しつつあった。


もはや、あきらの意識がハッキリしているときのほうが珍しい。

意識はあっても、目がほとんど見えなかったり……痛みでのたうちまわったり……。

その都度、看護師さんが飛んで来てくれた。


私の存在に対しても、もはや誰も文句を言わない。

食事と睡眠だけは促されたけど、正直なところ、それどころではなかった。


あきらの綺麗なお顔は、研ぎ澄まされ、鋭角的になり……修行僧のようになってしまった。


かっこいいけどさ。

うん。

かっこいい。

何度でも、口に出した。



あきらに聞こえてるかな?

喜んでるかな?


「あきら。かっこいい。長い睫毛も、綺麗な鼻筋も、みんなみんな大好きよ。」


返事は、なかった。

それでも、生きていてくれればいい。

充分だ。


……そう言い聞かせていた……。


まったくコミュニケーションを取れなくなってしまったけれど、あきらは長く暑い8月を乗り越えた。



***

そうして迎えた9月1日。

さすがに始業式、そして明日からの定期テストをサボるわけにはいかない。

祈るようにあきらの生存を願い、登校した。



教室につくなり、私はクラスのヒトたちに取り囲まれてしまった。

「あきらから返信ないねんけど、何してるの?」

「あきら退学したって、マジ?」

「えー、9月から留学するから、もう外国行ってるって聞いたけど。」


……なるほど。

色んな説が流布しているのだな。


さすがに病気で死にかけてるとは言えない。



返答に窮していると、予鈴より早くに担任が来た。

そして、みんなに伝えた。

「あー、杉森は、1学期一杯で、みんなより一足先に、卒業だ。淋しいだろうが、みんな、堀を困らせるな。」