彼は腐女子を選んだ

小声で言ったけど、静寂のなかではすごくクリアーに響いた。


あきらは、手を…………点滴の刺さっていない右手をそろっと差し出した。

慌てて、その手をしっかりと両手で握りしめた。


あきらの手は、小刻みに震えていた……。



「無理じゃない。違う。その逆。……正美ちゃんがいてくれる時だけ、元気でいられた。独りになると、頭痛、嘔吐、痺れ、……最近は、夜になると極端に視界が悪くなってしまって。鳥目ってこんな感じかな。それにね。……ね?手も足も、自分の身体じゃないみたいで……感覚もわからないし、震えを止められないし……動かしにくくて……。手足はまだいいんだけど、喉の奥が、腫れたように膨れて……呼吸できなくて、飛び起きたり……。」

「……かわいそうに。怖かったな。独りにして、悪かったな。」


家族じゃないから、面会時間以外に、こんな風に病室にいることは許されないだろう。

ましてや、泊まることなんて、絶対ダメなんだろうな。

でも、……もう、ほっとけない。


「……このまま……死んでしまうのかと、何度も……」

「大丈夫だ。私がいる。独りに、しない。」


そう言ったら、あきらの両目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。


ぎゅっと手を握ったまま……私も泣いた。

2人で静かに泣いて、泣いて……いつの間にか、あきらは寝息を立てて眠っていた。

痛み止めが睡眠薬の役目も兼ねていたのかもしれない。

安らかな寝顔に、ホッとした。



……どうして気づいてやれなかったのだろう。

ただ、痩せたというだけでは説明がつかないぐらい、目がおちくぼんでいるじゃないか。

もはや、視神経まで腫瘍が圧迫しているということか。


……怖い……。


兄上の言う通りだ。

秋までとか悠長なことを言ってる場合ではなかった。

あきらが恐れたように、既に呼吸ができなくなって死んでしまっていてもおかしくない程に進行してしまっているのだ。


こわい……怖すぎる……。

ああ、怖いな。

あきらの恐怖が、今さらのように私を襲った。


****

昼も夜もなく、一緒にいるには、どうすればいいのだろうか。


兄上に相談したら、
「自宅療養に切り替えるしか、無理だな。……てか、そんなこと、俺に聞くな。勝手に、こっそりついてればいいだろ。」
と、全然役にたたない返答しかなかった。