彼は腐女子を選んだ

あれは、全部、嘘なのか?

騙されていたのか?



呆然としている私を置いて、兄上は出て行った。



……いてもたってもいられなくなった。

もしかして、今、この時も……あきらは、痛みに苦しんでいるかもしれない、ってことか?



時計を見た。

もうすぐ、22時。


病院は消灯時間だ。


……あきら……大丈夫か?


あ。

そう言えば、最近、あきらからのラインがない。

毎日逢ってるから、気にしてなかったけれど……もしかして、スマホの画面を見られないぐらい、しんどいのか?


……ダメだ。

ほっとけない!



私は、こっそり家を出た。

国道に走って、タクシーを捕えた。


こんなに夜遅くに、息を切らして、大学病院を指定する……運転手さんは、その意味を察して、抜け道を駆使して走ってくれた。

おかげでいつもよりだいぶ早くに到着できた。

お礼を言って、チケットを渡したら
「御大事にしてあげてください。」
と、優しい言葉をくれた。


「……ありがとうございます。」


泣けた。

参った。






消灯した病院は、とても静かだった。

でも、意外と起きてウロウロしてる入院患者さんが何人もいた。

私はなるべく足音をたてないように……それから、看護師さんに逢わないように、遠回りしながらあきらの病室を目指した。


当たり前だが、あきらの部屋の灯りは消えていた。


音が鳴らないように、そーっとそーっと、扉を開けた。

廊下の光が、真っ暗な病室に射し込んだ。


すぐに扉を閉めて、ゆっくりとあきらのベッドの方へ行った。


ギョッとした。

青白い顔であきらは眠っていた。

その腕には、点滴の針がささっていて……何本ものぶら下がっている薬に繋がっていた。


栄養剤だけじゃない。

オピオイド……これ……ただの鎮痛剤じゃない。

医療用麻薬だ。


……やっぱりあきら……かなり強い痛みがあるんだ……。

どうしよう。


私、震えてる……。


こみ上げてきた涙を、止めることもできず……。

あふれる涙を手で拭い続けた。


払った涙の雫が1滴、あきらの頬にしがみついた。



「ん……。」

あきらの目が開いた。



私は声を出さずに、あきらの顔を覗き込んだ。


しかしあきらの視線は、ぼんやりと宙を彷徨った。


……あれ?

もしかして、見えてない?