彼は腐女子を選んだ

『正美ちゃん?大丈夫だった?』

心配そうなあきらの声が、シーンとした部屋に響いた。


「大丈夫じゃない。修羅場。……あきらの婚約者が、怒鳴り込んで来た。勘弁してくれ。」

「あきら、騙されてるわ!目を覚まして!」


私の返事にかぶせて、荒川弓子が叫んだ。



『……弓ちゃん……。』

事情を察したらしく、あきらの声のトーンが下がった。


「このヒト、オタクですって!腐女子って言うんですって!あきら、変な妄想のネタにされてるのよ!」

「……いや、それはないな。」

『弓ちゃん、失礼やで。』


荒川弓子がヒステリックになればなるほど、私もあきらも冷静になった。


「ひどい。あきら。……私より、このヒトを信じるの?」

そう言って、ぐずぐずと荒川弓子は泣き出した。



……ほらな。

こうやって、タイミングよく、かわいく泣けるって……もはや才能だよ。


げんなりして黙っていたら、あきらもまた、深い息をついた。

『……いいかげんにしい。弓ちゃん。泣いても無駄。……なんべん言うたらわかってくれるん?弓ちゃんとは、つき合うことはないから。家族か親戚ぐらいにしか思えへんから。……俺が、今、一緒にいたいのは、正美ちゃんやから。邪魔せんといて。』

「もう!なんで、このヒトなの!あきら、手の届かへん好きなヒトいるって言うたやん!」


おおっと。

荒川弓子が、なんか、大きな情報を落としたぞ。


あきら、好きなヒト、いるんや……。

手の届かへんヒト?


誰?



しばしの沈黙の後、冷たい声であきらが言った。

『気が済んだら、正美ちゃんに謝って、自分の部屋に帰り。……話にならんわ。』

「あきら!」

『正美ちゃん。ごめんな。嫌な想いさせて。』

「あきら!ねえ!聞いてよ!」

『ひかりちゃんも同室やんな?ごめんな。騒がせて。』

「ううん。大丈夫。……おもしろいから。」


つい本音をもらしたひかりんを、荒川弓子がキッと睨んだ。


「あきら!私の話を聞いてよ!」

『あ。そうや。正美ちゃん。パンありがとう。やっぱり、すごく美味しかったわ。』

「あきら!」


荒川弓子の悲痛な叫びを無視して、あきらは私やひかりんに話し掛け続けた。


その声に違和感を覚えた。

「ごめん。あきら。しんどいんちゃう?無理させたな。切るわ。」

「ちょっと!まだ、話してるんですけど!?」