そういえば、空の色が変わったな…。
しばらく、頭を空にして流れゆく海の漣を眺めていると、眩しい光がこちらへと近づいていた。
「沙奈?」
振り向くと、スーツを身に纏う翔太がいた。
「こんなところで何してるんだよ。
そんなに体冷やして。
何か、嫌なことでもあったのか?」
「翔太…。」
違う。
そうじゃない。
少し、考えていただけ。
「何も無いよ。
何か、ぼーっとしてたら空の色が変わってて。
今、帰ろうって思ってたの。」
「ぼーっとって。
沙奈、何か考え事をしていたなら…」
「翔太、早く帰ろう!
お腹すいちゃった。」
「沙奈。
お前、泣いて…」
「いいから。とりあえず帰ろう。」
「……そうだな。」
翔太は、優しく私を抱き後部座席へ乗せてくれた。
「沙奈。今日の夕飯は何がいい?」
それから、翔太は何も聞いては来なかった。
なるべく別の話題をと考え、私にそう聞いてくれたんだと思う。
だけど、今日は紫苑家にいる日だっけ…?
自分ではあまり気づかなかったけど、涙が出てたんだ…。
考えすぎて、感情が希薄になっていたせいか気が付かなかった。
今は、触れては来ないけどきっと話すまで今日は離してくれないような気がしていた…。
私がそんな感じだと、きっと翔太は寝不足になっちゃうよね。
心配して眠れなかったって、前に言ってたっけ。
それなら、紫苑がいる時の方が…。
私的にも、何回も話すよりそっちの方がいいな…。
「翔太、今日は紫苑は当直?」
「うん。今日は紫苑当直の当番なんだ。」
「そっか。」
「沙奈。悪いけど、俺1人でも話を聞いてもいいか?
そんな様子だと、どうしても放ってはおけない。」
「紫苑にも、一緒に話を聞いてほしいから明日でもいいかな…。」
「そっか…
本当なら、今すぐにでも聞きたいところだけど。
だけど、それで沙奈に負担がかかってしまうなら本末転倒だしな。
だけど、沙奈無理はしないでくれ。」
翔太は私の気持ちを汲み取りそう言葉にしてくれた。
「それから、1つ言っておきたいんだ。
紫苑に話すまで、少しでも沙奈の心が楽になればいいんだけど…。
もし、考えてることが違っていたらごめんな。
沙奈。俺と、紫苑は沙奈を迎えた時からずっとお前を守っていくって決めているんだ。
沙奈は、俺たちの大切な妹だから自分の気持ちを隠さずに甘えてほしい。
沙奈の感情、思っていること。感じていること。
沙奈の全てを知りたいんだ。
一緒に暮らしているからこそ、何も我慢しなくていいし隠さなくてもいい。
それに、何があっても絶対に俺たちは沙奈を手放したりしない。
例え、沙奈の身内の人が沙奈を引取りに来たとしても絶対渡さない。」
最後の一言にハッとした。
もしかして、全部分かってたの?
私の思っていること。
朝、先生に封筒をもらってから、2人に捨てられることが1番怖いと感じていた。
本当の血の繋がりがあるわけでもないのに、病気の可能性があるなんて知ったら面倒が倍にかかってしまう。
私の過去に踏み込んだりしてこないけど、散々な思いもして来て、しばらく言葉も出せなかったし今のように笑うこともできていなかった。
2人の名前を呼べるようになったのも、少しだけ笑えるようになったのも、全部紫苑と翔太が根気強く私と向き合ってくれたから。
その時も、私を育てている今も相当苦労はしているはずなのに。
それでも、2人は私のそばにいてくれるの?
こんな、まともじゃない私のそばに。
他の子だったら、楽なのかなって考えてしまうこともあった。
そもそも、私は2人に着いてきてよかったのかなって考える時期もあった。
あまりにも負担をかけすぎていて、明らかに苦労をかけてしまっていることは分かっていたから。
だから、最小限に2人と関わろうと思っていた。
あまり気持ちを出さないようにと。
自分でできることは、やっていかないとって思っていたのに…。
それを、さっきの表情だけで私の思っていることに気づいていたの?
「翔太。」
「ん?」
「ありがとう。」
「えっ?」
「私を、妹にに迎えてくれて本当にありがとう。」
それでも、こんな私でも2人はいつでも本当の妹のように優しく可愛がってくれている。
それは、引き取られた時からずっとそうで2人の愛情が変わることなんて1度もなかった。
分かっていたつもりだけど、分かっていなかったのかもしれない。
だから、私も病気からも2人からも逃げてはいけない。
真っ直ぐに、向き合っていかないといけないよね。
「沙奈。」
「私、紫苑と翔太がいる時にちゃんと話す。
大丈夫。
だから、その時は私の話聞いてくれる?」
「当たり前だろ。」
包み隠さず、2人にはちゃんと話そう。
何も言えない関係なんて望んでない。
前に、紫苑から言われた言葉を思い出した。
温かくて心地のいい翔太の車の中。
それから、私と翔太は近くのスーパーで買い物を済ませてから家へ帰った。
「紫苑、今日当直だから帰って来るの明日の昼間か夕方になっちゃうな…。
それでも大丈夫か?」
そう言いながら、翔太はさっき買ってきた食材を冷蔵庫に入れていた。
「そうだよね。
それでも、大丈夫。
翔太のおかげで、ちゃんと話す覚悟はできたから。」
「沙奈。成長したな。」
翔太はそう言って、私の頭を撫でてくれた。
温かい陽だまりのような優しい手がとても安心できる。
翔太の言葉に救われ、改めて気付かされた。
2人はそんな中途半端な気持ちで、私と関わっているわけではないということも。


