紫苑が仕事に向かってから、冨山さんがもう一度私の様子を見に来てくれた。
冨山さんは、夜勤だったからこれから帰ると言われた。
お昼の間に来る看護師は、優しい人だから安心してと言われた。
「沙奈ちゃん。
調子はどう?」
本を読んでいると、私の担当医である大翔先生が来た。
「胸は苦しくないかな?
ちょっと胸の音を聞くから少しだけ服を浮かせられる?」
先生の言われた通りに、服を浮かせた。
それからぼーっとしてると聴診は終わった。
「うん。だいぶ、肺の音も綺麗になったね。
心音の乱れも少なくなった。
沙奈ちゃんの調子がよかったらそろそろリハビリを始めようか。」
リハビリ?
「えっ?っていう顔をしてるね。
沙奈ちゃん。
喘息で倒れた日からだいぶ体力も落ちていると思うんだ。
ご飯も食べられていなかったから、余計に体力が消費されたと思う。
沙奈ちゃんの無理のない程度で、少しずつ体力を戻すリハビリをしていこうと思うんだ。」
リハビリか…。
そうだ、私あの日からまだ歩いていないんだった。
車椅子で移動していたから、歩くことができるのか心配だった。
車椅子に乗るあの瞬間でさえ、ふらついていたりよろけたりしていた。
「分かりました。」
でも、自分で歩けるようになれば早く退院ができる。
トイレも1人で行ける。
「えらいぞ。」
大翔先生はそう言って、優しい眼差しを私に向けた。
「沙奈ちゃん。
一緒に、治療もリハビリにも取り組んでいこうな。
沙奈ちゃんなら大丈夫だから。」
「はい。」
「それから、これは医者である前に沙奈ちゃんに伝えるけど。
もし、辛いことや悲しいことがあったらすぐに話すこと。
紫苑や翔太。俺でもいいから。
俺も、医者である前に1人の人として守っていくから。
絶対に、沙奈ちゃんを1人にしたりしないから。」
優しい眼差しで私を見つめ、大きな手が私の頬に触れていた。
どうして、そこまでするの?
そこまで言うの?
「そんな、紫苑や翔太には話そうと思ってますが、あなたには言えません。
あなたの負担になってしまいますから。」
そう言って私は、大翔先生の手を振り払ったけど、気づいたら私は大翔先生に抱きしめられていた。
えっ?
何?
何が起きてるの?
「ごめん。こんなことをしたら、余計に戸惑うよな。
でも、沙奈ちゃん。
いつも悲しい瞳をしているだろう。
だから、俺も少しでも沙奈ちゃんのこと支えたいと思っているんだ。
紫苑や翔太みたいに、頼りにならないかもしれないけど、少しでも沙奈ちゃんのこと笑顔にしたいんだ。
心の負担を軽くしたい。
だから、安心して頼ってよ。」
優しく、温かく、安心できる言葉。
私の心は、なぜか陽だまりの中にいるみたいにぽかぽかと温かく涙が溢れ出ていた。
自分でも、不思議なくらいにこの人の包容力のある言葉や大きな手を信用してもいいと感じた。
それから。
何となく、この人はいつも私のそばで私を支えてくれるような気がしていた。
紫苑や翔太には、それを感じるまで時間がかかったのに。
何でだろう。
「ごめん、沙奈を泣かせる気はなかった。」
大翔先生は、そう言って私から体を離そうとしたけど、気づいたら私はそれを止めるかのように強く、大翔先生の背中に手を回し自分から強く抱きしめていた。